2018年10月19日金曜日

逍遥 湯河原・カトマンズ #113


深海魚で街おこし

家に近づくと夏みかんの花の匂いが強くなった。病院で術後の診察を受けての帰りである。摘出した腫瘍の病理検査の結果が悪性でないと分かり気分が晴れたからであろうか。今まで気がつかなかったが、三本の木に白い花がびっしり付いている。今年は豊作かもしれない。

高校の電車通学はこの季節はみかん畑の間を通る湘南電車の車内に花の匂いが入り込んできて朝の眠気が覚める。朝に飲んだ新茶の香りがいつまでも口に残っているのもこの季節だ。農家の親戚が毎年届けてくれる一番茶。

一とせの茶も摘みにけり父と母  蕪村

東海道線は東京を出て平塚を過ぎると乗客が減り鄙びてくる。熱海で三両編成のJR東海に乗り換える。がんセンターは熱海のさき三島か沼津よりバスに乗る。両都市とも静岡県東部の中心都市だが、駅前とそれに続く大通りは衰退しているように見える。1980年代のバブル期に建てたビルに人の出入りが目立たないのが寂しい印象を与える。

マオイスト内戦後のカトマンズの急速な都市開発を見慣れた目には日本の地方都市の様子が惨めに感じる。カトマンズで日本の出張者から聞く地方経済の有様が実感として迫って来る。折しも春闘の季節である。大企業のベアが復活した。中小企業までは景気回復の恩恵が及んでいない。企業数では大企業はわずか1%であり、従業員数でも7割は中小だ。

娘が海外勤務から休暇で帰ってきたので、家族で「沼津深海魚水族館」に行った。沼津港の魚市場を中心に魚の加工場や食堂がある地域に、新たに水族館と高級感のあるレストラン群を整備したものである。

沼津の目の前の駿河湾は最深部2500mの日本一深い湾であるところ、水族館はここの深海生物を紹介している。レストランの「ウリ」はもちろん深海魚料理である。この日はゴールデンウイークの初日であったので、水族館もレストランも行列ができていた。まさに「今だけ、ここだけ、あなただけ」の観光開発原則を地で行く盛況ぶりである。

漁港の周辺で鮮魚料理店が評判を呼んでいる地域おこしはあちこちで見られる。テレビのグルメ番組の定番でもある。しかしどの地域も大騒ぎするほどの個性があるようにも見えない。そんな中で深海魚のインパクトは大きい。水族館とマッチングしたコンセプトも興味をそそる。あちこちにあるイルカのショーと差異化した「ここだけしかない」深海魚である。

いいことばかりではない。南海トラフの東の端が駿河湾である。南海トラフでは100200年の間隔で巨大地震が発生している。避けることができない災害であるが、防災対策を密に講じて被害が最小限になる事を祈るばかりである。阪神や東日本大震災のような辛い思いは御免被りたい。
201854