2020年10月30日金曜日

逍遥 湯河原・カトマンズ #151

 

秋です

 

山鳥が里に下りてきたようだ。姿は見せないが鋭い鳴き声が聞こえる。カキが色づいてきた。8月に雨が少なかったせいか実が小さめだ。少しずつとっては味わっている。甘味は例年より増しているような気がする。取り残す木の高いところは鳥たちが楽しめばいい。

 

ひと月前に甥っ子から猫を預かった。サイベリアという品種で高級感がある。ネパールにつれていった社長猫の「ニャン太」に似ている。年齢は一歳半でオス、名前はシャロン。問題は愛犬「ニマ」との相性である。ニマは16歳でメス。足腰が弱くなっているかと思うと、近所の猫の侵入に怒って脱兎のごとく追い散らす。

 

はじめは縁側にケージを置いて閉じ込めておいた。ケージから出ると座敷との間の障子の下段を破って抜け出す。ニマは怒り心頭に吠えて威嚇する。ただし生来の臆病な性格がもうひとつ追い込むことができずに腰が引けている。それも3週間ほど過ぎるとだんだんと無関心を装うようになる。家人に仕切りに甘えだす。愛情を失う予感があるのだろうか。この原稿を書いているわきで二匹は2メートルの距離でお互いをけん制している。三密を避けるかのように。

                                                                   

シャロンを庭に出す。次第に慣れてくる。今まではマンション暮らしで外の世界を知らない。小枝を見つけてきてはじゃれている。虫を見るのも初めてなのだろう。チョウを見ても初めは興味を示さない。そのうちに追いかけるようになるがすぐに飽きてしまう。やはりネパールに連れて行ったアンやランは野良猫だっただけあってネズミや小動物を捕まえてきては得意げに見せに来たものであるが、ブリーダーが作った動物は野性味を失っているのだろうか。

 

さて、今日はマハ・アシュタミ、ダサインの8日目だ。月は真二つに割ったような半月である。コロナ渦中のダサインを皆さんはいかに迎えられただろうか。アサントールの古い商店街やショッピングモール、スーパーマーケットの賑わいは例年と変わらないのであろうか。市役所からは例年通りの家族、親戚の集まりを自粛しろとのお達しがあるようだ。

 

感染の勢いが止まらない首都圏ではこのような措置も致し方ないのかもしれない。一方で多くの地方出の人は帰省する。スドゥ―ルパスチム州ではカトマンズ帰りの感染者が多数見つかっている。医療施設まで一日二日と歩かなければならない村で感染が広がることを想像するとやるせない気持ちになる。

 

政府はPCRテストや感染者の治療を有料にすることにした。PCR2,000ルピーだそうである。村の人にとっては高額であり、症状がよほど重くなければ病院に行かないであろう。幸いにして、バグマティ、ガンダキ、ルンビニ、スドゥ―ルパスチムの4つの州政府は無償で医療サービスを提供することを決めた。

 

保健人口省は今後4か月の感染者数予測を発表した。最悪のケースで320,000人、中程度で148,000人という。新聞報道の限りでは深刻にはみえないが、医療崩壊がすでに始まっているのではないだろうか。とりわけ地方の医療施設の人工呼吸器台数をみると、とても満足な対応ができているとは考えにくい。

 

20201024日)

2020年10月8日木曜日

逍遥 湯河原・カトマンズ #150

 

金木犀の香

 

秋の彼岸入りに菩提寺成願寺の墓に詣でた。大施食会で多くの檀家が集まる。本家の従兄弟に久し振りで会う。檀家総代をしている。

 

墓洗ふ(なれ)のとなりは父の座ぞ   角川源義

 

この寺には源頼朝の鎌倉幕府旗揚げを支えた地元の豪族土肥次郎實平(のちに中国地方に領地を授けられて小早川と称す)一族の墓所があることはすでに紹介したが、三十三観音があることを現下のコロナ禍で知った。安政5年(1858)に全国に蔓延したコレラによって多数の村人が亡くなったのを弔うために建立された。村人の浄財によるものだという。観世音菩薩が衆生を救うとき33の姿に変化するという教えから、33の霊場を巡拝すればすべての罪が洗われ極楽浄土できるという信仰である。詳しくは寺のHPをご覧いただきたい。https://jyouganji.jp/ 

 

9月も半ばを過ぎると風がひんやりと涼しい。玄関を出るとわきの金木犀が芳香を漂わせる。わたしはネパールの西部地域を対象に子どもの失明対策プロジェクトを進めているが、これまでとは違う世界であるためか視覚障碍者の心情に寄り添おうと思っても何か自分自身が心もとない。そんな思いを抱きながら新宿の本屋で松永信也『風になってください――視覚障がい者からのメッセージ』を手にとった。エッセーの一つ「キンモクセイ」の一部を紹介する。

 

今度キンモクセイの香りに出会ったら、そっと目を閉じてみてください。

きっと、とっても幸せな感覚になれます。

嗅覚以外はちょっとお休みさせて、

たまには鼻を主人公にしてやるのもいいことです。

香りが貴方をとても優しい人にしてくれることに気付くはずです。

 

三十年も前になるだろうか。渥見さんという女性がカトマンズの視覚障碍者施設でボランティアをしていた。当時私は開発コンサルタント会社の駐在員であったが、福祉事業には門外漢でありまた興味も持たなかった。 一時帰国の折トリブバン空港で渥見さんにお会いすると、この子を東京まで連れて行ってくれないかという。わきに白杖を持った若い女性がいた。私はこれまで視覚障碍者と接したことがない。戸惑う。どうお世話していいのか見当がつかない。ぎこちない道連れとなった。

 

機内でキャビンアテンダントに事情を話し案内を頼むと隣の席を譲ってくれた。空港ではラウンジに入れてくれる。彼女はJICA本部で働いており、カトマンズ出張は研修目的とのことである。腕を出してつかまってもらって一緒に歩くことはバンコクの空港で同じようなカップルを見て覚えた。なんとも頼りない同伴者である。東京駅まで来るとここからは自分一人で行動できるという。信じられない私は中央線に乗るまでお付き合いしたが無用なことであった。

 

渥見さんはそれから十年しないうちに亡くなった。存命であればプロジェクトのアドバイスをいただけたろうに。ネパールの社会福祉にとっても惜しい人を亡くした。

 

2020925日)