2023年10月11日水曜日

逍遥 少年老い易く #170

少年老い易く

 

全国紙一面トップは大谷翔平の米大リーグホームラン王の話題であった。社説も大谷。わが日本人にとってけた外れの偉業であるにちがいない。オフに繰り広げられるFAの契約金額の憶測もまた夢みたいな話である。右ひじの手術をするも来期はバッターでの復帰が可能とのこと。前途洋々である。

 

前号でも書いたが、2月から痛み出した脚の治療に病院に行った。幸いわが町には雛にはまれな国立の整形外科病院がある。MRI撮影の結果腰部脊柱管狭窄症(椎間板ヘルニア)と診断された。 鎮痛剤と血流促進剤が投与された。遅まきながら《老い》を意識するようになる。山口瞳はこれを「老いるショック」といった。もう50年前の話である。

 

本屋には各種病気ごとの対処法の本が並んでいる。この種の疾病が多いのだろう。治療のための呼吸法やストレッチが紹介されている。この手の勧めにはすぐに乗るがいかんせん三日坊主である。そうこうするうちに左脚のしびれや痛みが増してくる。9月に入ると右脚の痛みが急激にいたくなる。左脚は嘘のように痛みが引くが歩くのも困難になる。医師に相談しても、鎮痛剤を増量するには腎機能の低下があるところ勧められず、入院して安静にするか手術をするか選択せよとつれない。年寄らしくおとなしくしていろというわけだ。不愉快になる。

 

Y福祉財団等の依頼で2017年から子どもの眼の疾病、障害の治療を支援するプロジェクトを続けてきたが昨年で打ち切られた。ネパールでも後進地域の村からの女性を選抜して100人の女性教師を育成した日本のNGOの協力のもとに、これらの女性教師の学校単位でプロジェクトを実施してきた。資金源がなくなったとはいえ、各地から継続の期待が高まっている以上、事業の継続の要望を無視できなくなり、無謀も顧みずに新たに事業実施組織をつくる蛮行に出た。

 

この時期に、イージーゴーイングな性格の私はいつものごとく「何とかなるだろう」とNPO法人設立の準備をしていたのだが、さすがにこのまま突っ走っていいのだろうかと体調不良と老いの弱気にプレッシャーを感じる。ある晩、二階への階段を上っていたとき、最後の一段で左脚が体を支えきれなくなり下まで滑り落ちた。ここまで身体が老いていたのかと愕然となる。翌日から筋トレに励むと、今度は腰に負担がかかりすぎて腰痛を発症する。なんとも度し難き76歳の老体である。

 

さて、悩みながらも周囲の人たちからNPO法人設立協力の快諾をいただいていることから、今更やめますとはいいだしにくい。

 

県のNPO法人担当窓口と相談しながら認可申請手続きを進める。一通りの申請書類を作って提出するが、その都度修正を迫られる。さすがに役所の要求する文書は理路整然として納得である。意外に思ったが、県の窓口担当者は辛抱強く懇切丁寧に書類の修正を指導してくれる。コロナ禍が尾を引いているところ、コミュニケーションは郵送とメールのやり取りである。県の担当者に会ったのはただ一度認証書の交付の時であった。お上としては郵送ではありがたみが薄れる。痛い足を引きずりながら横浜まで行く。

 

次の関門は法人登記を担当する法務局である。ここも相談は予約制で2週間も待たなければならない。インターネットで検索したNPO法人登記の手続き情報を出している司法書士事務所によると法務局は難関の役所という。それはそうであろう、手続きが簡単といったら司法書士の商売にならない。こわごわと法務局に行った。司法書士情報にのっとって書類を整えていったが、法改正で修正を求められる。ここでの驚きは申請書類の修正は係員のいう通り手書きすることで済んだのである。係員が修正箇所に法人印をべたべたと押して完了。その手際のいいこと、拍子抜けであった。一方で忙しい役所としてはNPOごときに手間をかけてはいられないことかと天邪鬼になる。

 

かくして事業継承の体裁は整ったわけである。事業は、継続事業として子どもの眼のケアー、新たに疾病予防としての学校の衛生環境の整備、不登校児童の学業への復帰支援、防災啓蒙等てんこ盛りであるが、大きな目標として貧困や障害によって社会からドロップアウトせざるを得ない子どもを教育や職業技能訓練する施設を運営して将来の国を創る人材を輩出すると大風呂敷を広げている。組織の名称を「ヒマラヤの星たち」とした。読者諸賢の参加を切にお願いするしだいである。

 

2023106日)