2020年5月27日水曜日

逍遥 湯河原・カトマンズ #141 


コロナ禍の中で (3

6時に野鳥のえさ場に餌を配るのが日課になった。満開の夏ミカンの花が濃い芳香を放っている。ほとんどの野鳥は山に帰ってしまい、スズメとヤマバトがせっせと通ってくる。ヤマバトは近づいても逃げなくなるほどになる。

新型コロナビールス感染拡大の折、ロックダウン中のカトマンズにお住まいの皆さんはいかがお過ごしでしょうか。漏れ聞くところでは食料品等日用の品は手に入るとか。子どもたちは学校に行くことができずに退屈していることでしょう。食事の世話や遊び相手とお母さんは大変なのではないだろうか。日本でも学校閉鎖が決まると、真っ先にこの苦情が母親世代から上がった。

わが町湯河原では緊急宣言が出されて外出自粛が続いており、商店街も閉めている店がある。町役場の発表では感染者が7人出たようだがあまり話題にはあがらない。自宅勤務が奨励されており大手企業ではテレワーク、子どもたちは学校にいけないことからオンライン授業と、家にいることが多くなり「巣ごもり」という言葉がマスメディアでつかわれている。

私のような高齢者をテレビも気遣ってくれており、老人向け体操を考案して流している。体を動かさないと筋肉が衰えるばかりでなく、思考力も低下するという。そして意欲減退に陥り、ますます動かなくなって悪い循環に陥るとのことである。そういわれてみると自分にも当てはまるような気がする。毎度の食事が楽しみの一つになった。幸いわが女房は料理が大好きであり、プロの板前の娘がアメリカから一時帰国して私の楽しみを満たしてくれる。

カトマンズの知人から送られてきた写真では町中を車が走っている。とすると人も結構出歩いているのであろうか。カトマンズ市内のPM2.5の値も下がっていない。外出パスが交付されているようで、これならコネとカネがものをいう。緩いところがなんとも居心地よさそうだ。

私の「子どもの失明対策プロジェクト」の拠点学校で活躍してくれている〈おなご先生〉の村の様子が心配である。彼女たちとはスマホのface bookが通信手段として有効なので連絡を試みる。先日ネパールガンジのプージャ・カルキと連絡が取れた。元気で自宅待機しているという。インドが感染の爆発的拡大様相を呈してきているので、テライの主要都市であり人口稠密な街の様子が気にかかる。プージャの学校はバザールの密集地帯にあり、生徒は低所得層の子どもが多い。

インドの一日の感染者が18日に累積で10万人をこえたが、ネパールの感染者はいまだ375人にとどまっている。ネ印は両国民にとっては国境がないのに等しい。パスポートは不要だし、両国を行き来するのに妨げるものもない。住民にとっては隣村感覚なのである。ヒトやモノが頻繁に動いている。コロナウイルス肺炎に多少なりとも対処できる病院は、カトマンズ以外ではせいぜい15都市程度であろう。治療薬もままならないのではなかろうか。医療設備も充実していない。

ましてや農村部では医療を期待できない。衛生環境も決してよくない。マスクもない、消毒液もない。石鹸をつけて手洗いすることも頻繁ではない。食器洗いも洗剤を使わない。手づかみの食事である。政府は予防の広報をしているであろうか。農村の人たちは病気を恐れはするが予防の意識は希薄である。などなど考え始めると際限なく心配になる。

ネパールへの渡航もままならずもどかしいものがあるが、今できることから始めていこう。

2020519日)

2020年5月19日火曜日

逍遥 湯河原・カトマンズ #140


コロナ禍の中で (2

外に出ると夜の闇に隣家のジャスミンの香りがする。大きな木のてっぺんまで蔓が伸びて白い花をいっぱいに咲かせている。カトマンズの夜の路地でも甘い香りを漂わせていることだろう。もっと濃厚な気がする。

わが国ではコロナ感染の広がりを受けて緊急事態宣言が全都道府県に出された。テレビニュースでは毎日個人商店の売り上げ減の窮状と、閉店要請に従わないパチンコ店の様子が繰り返されている。要請に従わない店を公表するとそこに人がどっと集まる。パチンコ愛好家というよりギャンブル依存症だという。80万人いるようだ。

48日、武漢で123日以来の都市封鎖が解除された。午前0時封鎖解除を記念して長江沿いの高層建築が一斉にライトアップされ花火が打ち上げられた。ピーク時には一日2000人近くの感染者が出た。厳しく外出が制限された。人々の恐怖と不満は最高潮に達していたのだろう。我が国の緩い規制下でもストレスを感じているくらいなので、武漢1,100万人の気持ちもわからないではない。

だが待てよ。現下の感染症は武漢ウイルスによるものとされているように、発生はかの地ではないのだろうか。我が国、欧米諸国をはじめ全世界でいまだ感染者が増え続けている窮状にある。中国人は儒教の「五常:仁・義・礼・智・信」の五つの徳目を重んじていることが知られている。このうち「仁」とは思いやりの心である。自分たちの喜びもこの時期控えめにするのがその心であろう。

これに加えて中国政府のプロパガンダが在京大使の新聞への寄稿(425日付読売新聞)という形をとってで出された。前段は、中国での感染拡大を外部への流出を防ぐため全力を尽くしたとし、「世界各国が感染に立ち向かうための貴重な時間を稼いだ」と主張する。中段では、「WHOや関係諸国と予防・抑制と治療の経験を共有した」としている。しかしこの間大量の中国人感染者が各国を旅行してウイルスをまき散らしていたのは紛れもない事実である。

後段では、中国が感染拡大した国に援助の手を差し伸べているとして、「中国に対するデマや偏見は感染拡大の防止に資するどころか、世界の感染予防・抑制の妨げになる」と述べる。そして中国での感染拡大期の日本の支援に感謝しつつ、その後の日本への支援をちゃっかり述べているのである。日本国民がこの手の話に騙されると思っているのだろうか。中国にシンパシーを持つ政治家や財界人ばかりではないと明言しておこう。他の国でも同様のことを試みているのに違いない。

問題はかの国ばかりではない。34日の参院予算委員会のことである。野党第一党の幹事長の発言は「総理、いやでしょうが桜を見る会について質問します。時間が余れば、コロナ対策もやります」。1月下旬に感染者が出て33日には330人を超えている。ついでの質疑でよしとする問題ではない。中国大使の言は褒められたものではないが国益を死守しようとしている。この日本の政治家は何を守ろうとしているのだろうか。児戯とすら思える。この政党の支持率は4月の各種世論調査によると軒並み4%前後下落して3.75%である。国民はバカではない。

もう一人困った人がいる。「森友」問題の新たな展開に首相の辞任を求めた元総理である。国難ともいえる局面にリーダーを挿げ替えることが国益といえるであろうか。優先順位が政治のリアリティではなかろうか。品格すら疑いたくなる。

医療関係者の家族への嫌がらせのニュースがある。感染のリスクも顧みず懸命に現場で踏ん張っている人たちをおもんぱかることがないのだろうか。荷物を届けに来た宅配便の配達員の顔に消毒液のスプレーをかけた人がいるという。自粛ポリスと揶揄される御仁は「正義の味方ヅラ」して鬱憤のはけ口としている。誰しもが外出自粛でストレスが溜まっていることは確かである。強制措置のとられていない日本で国民はよく自制していると思う。危難の時ほど人として矜持を示すべきではなかろうか。これまで幾多の自然災害にも耐えて復興してきたのだから。

202054日)


2020年5月2日土曜日

逍遥 湯河原・カトマンズ #139 


コロナ禍の中で (1

この季節気温の変化が大きい。10度近く変わる日がある。カトマンズで季節ごとの決まりきった気候に慣れた体にはいささかつらいところがある。

しかしながら、わが町の山々は新緑に燃えて生き生きとしている。木々の緑にびみょうな色彩の濃淡があって、キャンバスに描かれた風である。もう少したつと緑にあまり差がなくなる。今だけの感性である。華やぐ季節ではあるが世界中新型コロナウイルス感染症が広がっている。

ネパールへの渡航がかなわない。プロジェクトも気になるがネパールの都市封鎖の現下では動きようがない。日本はといえば緊急事態宣言が出され、外出も控えざるを得ない。カトマンズのチベッタンクリニックで処方してもらっている血圧を抑える生薬がなくなってしまった。10数年飲み続けておりとても相性がいい。先日気になって血圧を測ってみるとなんと200を超えている。のどの痛みや胃の不調もあるのでかかりつけのクリニックに行った。

血圧、体温の測定と看護師の問診から始まる。その後廊下の一番隅で待つように指示される。私がネパールと行き来をしているのを知っているのでコロナ感染の対応をしたのであろう。医師が廊下で診察をする。2メートル離れての問診である。医師もいつになく重装備だ。次回から風邪の症状がある場合は自分の車の中で待って、医師が車に出向いて診察するという。大中規模の病院から院内感染とみられるクラスターが発生しているのを見れば、個人経営の開業医が自分のところから感染者を出すわけにはいかない。

神奈川県は今まで保健福祉事務所所在地の地域ごとに感染者数を発表していたが、市町村ごとの集計に改めた。それによると神奈川県の場合はほとんど都市部に集中しており、小規模町村では軒並み発生していない。むろん人口23千人のわが湯河原町は老人施設の感染者2人である。医師からはコロナでないといわれたが、無症状感染者が多数いるところから一抹の不安が消えない。

先週末の主要な鉄道駅における人出についての調査がある。緊急事態宣言発出前の週末との比較であるが、大阪梅田駅、東京駅、横浜駅等の第一弾の発出都府県については80%前後の減であった。地方都市は2030%減にとどまっている。感染の広がりによる深刻度あるいは認識度の違いが表れているのだろう。東京でも商店街の人ではかえって多いくらいだという。

わが町は温泉観光地である。鎌倉、江ノ島等の観光地は人出が多く車の渋滞が起こっている。首都圏からの行楽客の多さに県では駐車場を閉鎖した。町の国道の交通情報掲示板には「神奈川に来ないで」との表示がある。地元は他県からの移動に不安を感じている。町の状況はあまり外出していないので詳しくわからないが、国道沿いの大型スーパー店の駐車場にはいつもより地元以外の車が多くみられるという。

数日おきに買い物に行く近所のスーパー店の買い物客もいつものとおりである。地元で感染患者が出れば人の行動は変わるのかもしれないが、今のところ特段の変化はみられない。都知事は混雑する都内のスーパー店の入場人数規制や買い物頻度を減らすよう要請した。もっともの措置と思われる。政府は換気の悪い密閉空間、多数の人が集まる密集場所、間近で会話する密接場面の「三密」の回避を呼び掛けている。これをもじった「集・近・閉」のダジャレも出ている。

先日親しい会社時代の同僚が亡くなったが、高血圧もあって首都圏での葬儀参列を遠慮した。一月前に病院に見舞ったので許してもらう。ネパールのように完璧に都市封鎖をしていないわが国では、国民のウイルスへの正しい認識と善意を期待した抑制策しか取れないというのは何とももどかしい。

2020430日)