2020年10月8日木曜日

逍遥 湯河原・カトマンズ #150

 

金木犀の香

 

秋の彼岸入りに菩提寺成願寺の墓に詣でた。大施食会で多くの檀家が集まる。本家の従兄弟に久し振りで会う。檀家総代をしている。

 

墓洗ふ(なれ)のとなりは父の座ぞ   角川源義

 

この寺には源頼朝の鎌倉幕府旗揚げを支えた地元の豪族土肥次郎實平(のちに中国地方に領地を授けられて小早川と称す)一族の墓所があることはすでに紹介したが、三十三観音があることを現下のコロナ禍で知った。安政5年(1858)に全国に蔓延したコレラによって多数の村人が亡くなったのを弔うために建立された。村人の浄財によるものだという。観世音菩薩が衆生を救うとき33の姿に変化するという教えから、33の霊場を巡拝すればすべての罪が洗われ極楽浄土できるという信仰である。詳しくは寺のHPをご覧いただきたい。https://jyouganji.jp/ 

 

9月も半ばを過ぎると風がひんやりと涼しい。玄関を出るとわきの金木犀が芳香を漂わせる。わたしはネパールの西部地域を対象に子どもの失明対策プロジェクトを進めているが、これまでとは違う世界であるためか視覚障碍者の心情に寄り添おうと思っても何か自分自身が心もとない。そんな思いを抱きながら新宿の本屋で松永信也『風になってください――視覚障がい者からのメッセージ』を手にとった。エッセーの一つ「キンモクセイ」の一部を紹介する。

 

今度キンモクセイの香りに出会ったら、そっと目を閉じてみてください。

きっと、とっても幸せな感覚になれます。

嗅覚以外はちょっとお休みさせて、

たまには鼻を主人公にしてやるのもいいことです。

香りが貴方をとても優しい人にしてくれることに気付くはずです。

 

三十年も前になるだろうか。渥見さんという女性がカトマンズの視覚障碍者施設でボランティアをしていた。当時私は開発コンサルタント会社の駐在員であったが、福祉事業には門外漢でありまた興味も持たなかった。 一時帰国の折トリブバン空港で渥見さんにお会いすると、この子を東京まで連れて行ってくれないかという。わきに白杖を持った若い女性がいた。私はこれまで視覚障碍者と接したことがない。戸惑う。どうお世話していいのか見当がつかない。ぎこちない道連れとなった。

 

機内でキャビンアテンダントに事情を話し案内を頼むと隣の席を譲ってくれた。空港ではラウンジに入れてくれる。彼女はJICA本部で働いており、カトマンズ出張は研修目的とのことである。腕を出してつかまってもらって一緒に歩くことはバンコクの空港で同じようなカップルを見て覚えた。なんとも頼りない同伴者である。東京駅まで来るとここからは自分一人で行動できるという。信じられない私は中央線に乗るまでお付き合いしたが無用なことであった。

 

渥見さんはそれから十年しないうちに亡くなった。存命であればプロジェクトのアドバイスをいただけたろうに。ネパールの社会福祉にとっても惜しい人を亡くした。

 

2020925日)