2020年1月8日水曜日

逍遥 湯河原・カトマンズ #132




1117日 コハルプールへの途中カピルバストゥ郡の〈おなご先生〉スジャータの学校による。スジャータは高圧電流に触れて失明の危機にあった生徒をバイラワの病院に連れていき助けた実績がある。
1118日 ベリ川沿いの道をルクム郡チョウジャハリに向かう。6年前より沿道のバザールの規模が大きくなる。途中道からそれてサリヤン郡の小さな学校ベリ校で生徒の患者一人と面接。視力が弱い。カトマンズに呼ぶことにする。小さな村で学校を見つけるのに右往左往。いつものことだが、運転手は村人に訪ねようとせずに思い込みで走らせる。
チョウジャハリで〈おなご先生〉ギタと合流、以前の赴任校で生徒の視力検査。続いて近隣のシタル校で校長立会いのもと弱視のシカに単眼鏡とルーペを提供して使い方を教える。これで黒板の文字も教科書も読めるようになる。United Mission to Nepalの病院を訪問し院長にプロジェクト説明。眼科が併設されている。医療助手が受け持っており、基本的な設備は整っている。
1119日 今日はドティ郡までの道筋で患者が待っている。サリヤン郡に入りサノピパルで乳幼児2人と面接。シャンティバザールには村から2時間かけてニムが来ている。これまで3回カトマンズで治療し、だいぶ回復している。来月の再検診を勧める。さらにダルマバザールでは片目を角膜損傷したニシャンが待ってる。村から3時間かけてきたとのこと。ランティでは〈おなご先生〉コウシラが乳幼児患者を連れて待っている。各所で親からスンタラ(みかん)、ラッカセイ、コードー(稗)の粉、山椒の実等々のお土産をいただく。
チョウジャハリから一緒に連れてきた5人の生徒は初めての都会に興奮状態。ホテルの部屋で騒いでいる。食事を一緒にする。
1120日 5人の患者をトゥルシプールのラプティ眼科病院で診察。幸い重傷者はなし。一人に眼鏡をつくる。スーラクシミ院長はじめスタッフ一同が患者を連れていくたびに理解の篤い対応をしていくれる。地方の拠点病院としての役割が定着した。
無理をしてカトマンズまで車をとばす。運転手至極不機嫌そうだが、夜中の11時着。
1122日 アイキャンプで見つかった患者のうち2人とJOCV隊員の学校の生徒5人の診察をカトマンズ医科大学教育病院(KMC)で行う。弱視と斜視であり、矯正用眼鏡とパッチングで3か月暫定治療をする。
1123日 午前、宮原さんを病院に見舞う。夜中に危篤の報、続いて逝去の悲報が届く。
1124日 患者のうち一人をシャキャ助教授が再検診。矯正用メガネのレンズが病院になく外注。カトマンズにもなくインドに発注したのが一つあった。この程度の在庫は何とかならないものか。いつの時代になっても「チャイナ(ない)」、だから「ケガルネ(しようがない)」であっていいものではあるまい。ずぼらな私にとっては「カリ・クラ・マットレ(口ばっかし)」の人たちとのお付き合いも気楽でいいのだが。


20191231日)