2016年9月9日金曜日

サマ村でひと仕事

 
中部ネパールのマナスル峰(8,163m)は、1956年に第三次日本隊によって初登頂されました。52年の偵察隊は、麓のサマ村に流行していた腸チフスの治療により村人に感謝されましたが、54年の第二次隊は、雪崩被害や天然痘の流行を、聖なる山を汚したからだとして、村の指導者ヘッド・ラマによって入域が拒否されました。

NPO法人「ピークエイド」(野口健理事長)の資金で、2010年に村の学校の教室と寄宿舎を建設しました。親が子供を学校に通わせないので、寄宿舎に生活させて勉強させようとの村の若き指導者たちの発想からでした。その結果、30人だった生徒が100人に増え、企画は成功しました。
   
この村の耕地では一年の食料需要の4ヶ月分しか自給できません。学校の給食も量的に満たすのみで、栄養の配慮まで至りません。野菜と豆類によるビタミンの補填とたんぱく質の摂取を目指して、来年の春から野菜栽培を指導する「児童栄養向上プロジェクト」を立ち上げる予定で、父の跡を継いだ若きヘッド・ラマや校長と計画作りをしています。
   
(スガジイ)