2019年7月13日土曜日

逍遥 湯河原・カトマンズ #121


カリブの花嫁

セントクリストファーネイビス連邦という国をご存じだろうか。カリブ海小アンティル諸島のセントクリストファー(キッツ)島とネイビス島からなる国である。面積は先島諸島の西表島程度、人口は55千人である。英連邦加盟国であり南北中アメリカで一番小さい国である。

クリストファー島は発見者クリストファー・コロンブスに由来する。ネイビス島は、この島を発見したときに山に雲がかかっているところを雪と見間違えてスペイン語の雪を意味するニエベの英語形という。火山島の山に海風があたって上昇気流が常に雲をつくっている。

ゴールデンウイークのさなか妻とこの国に行ってきた。日本からの経路はマイアミ経由が最短であるが、トロント経由にした。トロントからバルバドスのブリッジタウンに飛ぶ。観光立国でありラム酒の産地であることから空港ではラムパンチカクテルの出迎え。多数の案内人が愛想よく対応する。乗り継ぎながらいったん入管で手続きをする。ここからプロペラ機のARTでアンティグア・バーブーダのセント・ジョーンズで乗り換えて目的地の首都バセテールまでの長旅である。

さて、「カリブの花嫁」とはいささかきざなタイトルであるが、この国にいるひとり娘の結婚式出席のための渡航ゆえ、親としては気持ちの高ぶりを抑えられないので大目に見ていただきたい。娘は小さいほうのネイビス島に住んでいる。この国でただ一人の日本人だという。道にはヤギやロバが群れているネパールの田舎町のようである。ポカラよりずっと鄙びている。

住民は植民地時代のサトウキビ栽培で連れてこられた労働者が主である。今では製糖業はやめているが、島のそこここに火山岩で作られた製糖所の残骸が残っている。私たちが泊まったホテルは熱帯林の中のコテージ風であったが、製糖所の跡形が見られた。

結婚式はこのホテルの熱帯林の大きな木の下で執り行われた。キリスト教の牧師は女性である。バージンロードは長い石段を下りていく。介添えの私は式の前のカクテルが効いて足元がおぼつかない。娘のたっての希望で三々九度のセットと日本酒を持って行った。巫女役は新郎のいとこの双子の姉妹である。自然の中で簡素ないい式であった。出席者は新郎の親族がニューヨークとフロリダから12人と私たち夫婦のみである。米国にしてみればカリブ海は自国の庭のようなものだ。

式の後のディナーもこのメンバーである。小さなウエディングケーキを二人でカットして食べさせあう。引き出物はクッキーと記念の自作の小物。演出過剰な日本の結婚披露宴も二人にとって一生の思い出になるのだろうが、この度の一連の行事から米国人のプラグマティックな価値観を覗いたような気がした。彼らは一週間も滞在してこの島を楽しんでいた。
日本を発つときは娘を嫁にやる親として感傷的になっていた私も、そんな彼らに接して気持ちが軽くなったようだ。新郎の親からは一人娘をもらって気の毒だという慰めがあったが、娘の幸せに満ちた振る舞いと成長した姿を見て、むしろほっとする気持ちになる。そして、跡継ぎのいなくなった我が家をどう閉じていくか、親戚の目も気にしながら日本的な「いえ」問題の解決を図らなければならないことになった。